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映画『82年生まれ、キム・ジヨン』に見る、おとなり韓国の結婚生活と子育て①

りんごりんご

『82年生まれ、キム・ジヨン』という映画をご存じでしょうか?この作品の原作は、韓国で2016年に出版された同名小説で、日本でも翻訳本が話題になりました。昨年、ベテラン俳優チョン・ユミとコン・ユの主演で映画化され、2020年10月から日本でも公開が始まっています。

私は昨年の夏、出産後初めて日本に帰省した時、この小説を手に取りました。その年の秋に韓国で映画が公開された時は、当時1歳になったばかりの息子を2時間半だけ夫に預け、映画館に足を運びました。観終わった後の感想は「これはまさに私の話だわ」という共感と、「日本も韓国も、女性や子育て中の家族が抱える悩みって同じなんだな」という思いでした。

日本でも注目されている作品なので、「どんな内容なの?」と気になっている方も多いかもしれません。そこで、この物語のあらすじや小説と映画の違い、物語に登場する韓国特有の風習などをご紹介しながら、私が実際に体験してきた「韓国の結婚生活と子育て」について、2回に分けてお伝えしたいと思います。

原作小説について

この物語の主人公は、1982年に韓国で生まれた女性に一番多い名前を持つキム・ジヨン(33歳)。妊娠を機に会社を退職し、出産後は両家の親を頼ることもできずワンオペ育児に明け暮れ、産後うつを患ってしまいます。娘が1歳を過ぎた頃、午前中だけ保育園に預け、再就職を試みますが、どこか精神を病んでいる妻の異変に夫が気づき、ジヨンは精神科でカウンセリングを受け始めます。

小説の語り手は、ジヨンが相談に訪れた精神科医です。物語は、ジヨンの人生について書き留めた医者のカルテを読むような形で進んでいきます。1982年から2015年までの33年間、彼女が家庭や社会の中で感じてきた「女性としての生きづらさ」が淡々と、当時の様子を表すデータなどを交えながら書かれているため、韓国では女性を中心にたくさんの読者から共感を得ましたが、「これは男性嫌悪のフェミニスト小説だ」と批判する人たちの姿も多く見られました。

映画について

一方、映画は小説とは少し異なり、ジヨンは1歳ではなく2歳過ぎの娘を育児中という設定になっています。また、小説ではよくわからなかった夫の人間性や苦悩、そして男性たちの生きづらさなども表現されているため、「これは女性だけの問題ではなく家族の問題なんだ」と、観客が自然に受けとめやすい作品になっていました。ただ、ジヨンが生きてきた社会的背景(女性差別等)を説明する場面が少ない分、彼女がなぜ精神を病んでいったのか、小説を読んでいない人には理解しにくいかもしれません。

とはいえ、彼女の心の病気をきっかけに、家族がそれぞれの在り方を見つめ直すというシーンがあるのは良かったですし、小説では救いのなかった物語の終わりにも小さな希望があり、前向きな気持ちで映画館を後にすることができました。

映画を観た人の感想を読んで思ったこと

昨年韓国でこの映画が公開された後、ネット上では「キム・ジヨンやその母親、ジヨンの夫の姿に共感した」という感想が多く見られましたが、私が1つ気になったのは「コン・ユが演じる夫はかっこよくて、優しくて、経済的にも問題がないのに何が不満なの?キム・ジヨンには全く感情移入できなかった」という女性たちの意見でした。

確かにジヨンは、経済的困難を抱えているわけではなく、韓国ではむしろ生活水準の高い女性に見えます。夫はワンオペの妻をいつも優しく気遣い、育児にも協力的です(しかも男前)。2歳過ぎの娘がイヤイヤ攻撃をしたり、怪獣のように暴れまわるシーンもないため、映画を観ただけでは子育ての苦労も伝わりにくいと思います。だからかもしれませんが、前述した女性たちは「こんな素敵な夫がいて恵まれた環境なのに、自分の思うようにいかないからって、なぜ精神まで病んじゃうの?」と感じたのでしょう。

しかし、「こんな女性ちっとも共感できないわ」と批判するだけでは、作家がこの物語を書いた意味がありません。原作者のチョ・ナムジュさんは、自身も結婚・出産を機にキャリアを捨て、子育てをしながら作家になった人です。母になって知った葛藤や、他人からの心ない言葉に傷ついた経験をもとに書き始めたのがこの作品だったそうなんですね。

キム・ジヨンのように良きパートナーに恵まれ、経済的にも問題ない女性が、なぜ結婚・出産を機に病んでしまうのか?平凡だけれど一生懸命生きてきた女性が、幸せなはずの結婚生活の中でなぜそんな状態に陥ってしまうのか?作家は「それを一緒に考えてみませんか?」と世間に問いたかったのではないでしょうか。

結婚している、していない。子どもがいる、いない。子どもが1人だけ、複数いる。専業主婦とワーキングママ…など、同じ「女性」といえどもこの世には様々な立場の人たちがいます。誰しも自分が経験したことがない事柄に関しては、共感したり感情移入したりすることは難しいですよね。でも、だからと言って、自分と違う立場の人を「全然理解できない」とばっさり切ってしまうだけでは、何の進展もないわけです。女性vs男性の問題も同じことが言えます。

たとえキム・ジヨンに共感できなかったとしても、この作品をきっかけに、自分のそばにいるかもしれないキム・ジヨン———母や姉妹、友達、同僚や先輩・後輩の存在に気づいてあげられる人たちが増えれば、今よりもっと子どもを産み育てやすい社会になるんじゃないだろうか?また、女性も男性も相手のことを思いやる気持ちがあれば、家族の問題を一緒に乗り越えていけるはず…。きれいごとに聞こえるかもしれませんが、この映画を観て一番強く感じたのは、そういう思いでした。(②へつづく)

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りんご

りんご

韓国

韓国在住、日韓ハーフ1歳児の母です。30代後半で国際結婚。新婚生活スタートと同時に子どもを授かり、異国の地で手探りの妊娠期間と高齢出産を経験しました。日本では紙媒体の編集記者の他、ファミリーサポートセンターでの勤務経験もあり。今地球のどこかで、ちょっぴり孤独も感じつつ子育てに奮闘中の方へ、私の体験・失敗談を通して「1人じゃないよ」とエールを届けられたら嬉しいです。